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2015年3月15日 (日)

大変残念です…。

大変残念です…。
ここ数日、報道が業界内外を駆け巡っておりますから、すでにご承知の方も多いでしょう…。

かつては、独創的なパチンコ機を多数創出していたパチンコメーカー、マルホン工業さんが12日に民事再生法の適用を申請しました。

民事再生法の適用申請後の会社の在り方にはいろいろあります。

例えばホールの場合、民事再生法の適用申請後も営業を継続しながら負債を返済し、めでたく完済に至ったケースも少なくはありません。(返済できなければ破産ですが)

ですが、報道によると、マルホン工業さんの場合は、12日までに一部を除いた社員の方々は解雇を通告されたとのこと。


つまりは、今までの体制での会社再建は断念ということのようで、大変ショックです。

もちろん、今後支援企業があれば、マルホンブランドは復活の可能性はあるでしょうが、そこに従事する方々は、かつてのマルホン工業さんの方々とは大幅に入れ替わることは必定かと思われます。

私は今まで何度も言ってきたかと思いますが、ずっとマルホン工業さんのメーカーとしての立ち位置に魅せられてきました。

思い起こせば、マルホンさんの台との結び付きが一気に深まったのは「パラレル」からです。まだパラレル=一発台…という時代ではなく、権利物的な、当りとパンクを繰り返して、じわりじわり玉を増やす…という釘の方針の店も珍しくなかった時代です。


「パラレル」は、当時の機種としては、玉持ちがひどく悪かった。(苦笑)

上部に風車が無いのも風変わりでした。

いかに天横にネジ込むか?当時の私は、寝ても覚めても「パラレル」のことしか考えていなかった。(だから未だに、アパレルをパラレルと脳内変換してしまうほどのパラレルキ○ガイなのです。)

それから一発台の時代となり、東京でも「パラレル」の釘は信じられないモノ(笑)が目立つようになりました。セブン機の規制による出玉減が発端でしたが、一発台の先駆を成した機種の1つが「パラレル」でした。


セブン機の規制後、大手メーカーは、こぞって低投資で遊べる羽根物や権利物など、言い方は悪いですがヘタレビビリな機種の開発に舵を切りました。

ところが、マルホンさんはそうではなかった…。「パラレル」のヒットに気を良くしたか、寧ろ積極的に「一発台になり得る」機種を続々とリリースさせ始めたのです。

今と違い、保通協ないですから、許認可申請は、都道府県警の防犯課(当時)です。

もちろん、あからさまな一発台を持ち込んだら不許可。

…ですが、マルホンさんは不屈の根性で?指摘箇所を幾度でも手直しし、やがては防犯課の担当官が根負けしたんじゃないかと思うような(笑)機種を続々と認可取得。

中でも個人的には「センターフェース」が一番のお気に入りとなり、東京周辺は軒並み不許可だったため、茨城、愛知…とフェースある所(群馬や長野なんかにもありましたが、盛んではなく、いわゆる「勝てそう」度が低いので敬遠)ならどこまでも車を飛ばしたのが若き日(←あんまり、そう言いたくないですけどね。)のまばゆい思い出です。

そして、本格的にマルホン号に魅せられた私は、全国行脚して、地方版の一発台をほぼ制覇。
東京の事情しか書いていないパチンコの文献を今さらいくら読んだところでわかるわけのない機種に私が呆れるほど通じているのは、このためです。

東京では、「アラジン」にも凝りました。天横に飛び込んで当りが確定してから、センターチューリップに玉が落下していく部分に、思わせぶりな矢印が描かれており、そこを玉が通り抜けて行くわずかな時間が、身震いするほどの快感でした。(これは、打ったことがなければ絶対にわからない感覚だと思います。)

他にも、新潟に群生した「水車」。そして、その姿を求めて新潟県内のパチンコ店をシラミ潰しに捜索した幻の一発台「幌馬車」。苦手な寒さと戦いながら雪道を歩いた日々。見つからない絶望感の中、たどり着いた富山県境の街、糸魚川でやっと「幌馬車」を見つけた時の「うぉ~、ヤーターッ!!」という人生最大級の歓喜の瞬間。(←しかも、ここには仕様違い2種が千鳥で並んで設置されていた。)

一体どうやってこんな台の許可が取れたの?…という驚きを禁じ得なかった役物の「センターカモメ」を千葉の勝浦で初めて見つけた時の大いなる感動。

北陸の暴れん坊「センターステップ」を求めて金沢のホールに入った時、満席のステップコーナーが醸し出していた言葉ては表現できないほどの殺気だった客の熱気(←よそ見するような、集中力のない客は一人もおらず、みんなが盤面の一点を凝視している)。

「この釘じゃ入らんわ!」と、サジを投げるしたなかった名古屋の「センターゲートイン」。

最初から知っていたものの、役物の秘密?に苦笑するしかなかった大阪の「センタートロフィー」や天下のスロープにイライラ必至の「ジャンボ(別名ラブ)アタッカー」。

※以上、いずれも、他県にも設置の場合がありますが、割愛します。

…挙げればキリがないんですが、すべて私の人生そのものです。

それがウソかマコトかは、ウチ(博物館)にみえた時にでも私に試してみてください。いくらでも語りますから。(←寧ろ、途中で帰らせませんから!)

~ただし、アナタの膨大な時間が失われ、帰りの電車やバスを逃しても当館は一切関知しませんが…。(笑)


長くなってしまいましたが、一発台無きあとも、例えば「ソルジャー」なんかは、本当に思い出がいっぱい過ぎます。

初打ち400円で当り、いきなりの21連チャンで華々しいデビュー戦となったこと…衝撃過ぎでした。

また、何と言っても「CRソルジャー」は、私が所有しているソルジャーで作ったというのは、生涯忘れられないことですね。

~マルホンにソルジャーを貸し、CRソルジャー開発に寄与した男~

卵が先か、ニワトリが先か?…みたいな気分でした。

私の「形のない勲章」です。


そのようなわけで、大好きだったマルホン工業さんのこのたびの民事再生法適用申請には、大変心を痛めております。

いつの日か、また血湧き肉躍るようなアツい機種を引っ提げて「新生・マルホン工業」が帰ってきてくれることを、今はただただ祈念しております。

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コメント

いや〜つい最近までファインプレーとかパールセブンとか普通に発表していたから不意打ちを喰らったって感じです。検定通過情報でソルジャーを確認していたので非常に楽しみにしていたので残念です。

何だか今後の先行きが非常に怖いです。

負の連鎖が続かないことを祈るばかりですね。

投稿: しらとり。 | 2015年3月16日 (月) 05時08分

  館長様へ
 お疲れ様です。マルホンの件とても残念です。最近、新台入れ替えでも一島ではなくたった一台の設置など多かったので・・・、
 悪循環で、HIT機種が生まれにくい状況もあったかとも思います。 私個人ではドット演出が脳裏に焼き付くメーカーさんでした。

 たぶん初めて打った機種は パラレルで、
池袋のB1Fで遊戯しました。

 

投稿: D-51好き | 2015年3月16日 (月) 08時48分

マルホン無念です。。。
金のない学生時代に一発台を敬遠して打ちそびれたあのころを未だに後悔してます。
ドットの色使いが独特なメーカーでしたね
当方の思い出の一番はびっくりマンでした。
モーニングからの怒濤の連チャンにはまり、スロのモーニングに見向きもしなくなった遠い記憶

それにしても時代の流れとは無情ですね。
本当に残念です。

投稿: panpin | 2015年3月16日 (月) 20時46分

皆さんがおっしゃるとおり、ドットと言えばマルホンさんでしたね。
1990年台、麻雀物語以降にカラー液晶が流行する中、マルホンは赤・緑・オレンジのドットを貫いてました。
スパイ大作戦・BANG×3・マスタークライム・ジャングルハウス・ファンキードクターなどなど。
「液晶がなくてもこれだけの緊張感やドキドキを作れるんだぜ!」という姿勢には子供ながら関心したものです(←え? ウチの親父もマニアックな台が好みなタイプだったのです。遺伝というか英才教育というかww)

「マネホン」なんて揶揄される時代もありましたが、2回ループの爆裂台が流行った時代にファンキードクターなどの「気軽ながらもドキドキ出来るスペック」や、1/500のフルスペックが流行った時代に、ウッドペッカーなどのバランス型の台の投入など、斜め横からアプローチする姿勢は、「流行ったものにとりあえず便乗していく」といった悪しき習慣がはびこっていた業界にとっても貴重な存在だったと思います。

各種台に搭載されている復活演出のごとく「まだまだぁー!」を期待したいところですね。

投稿: レッドタイガー | 2015年3月16日 (月) 23時54分

うわ~、本当ですかぁ。
私とマルホンは多分一発台のプリズムだったかファイターのどちらかで中央のパンク穴に入って(外れと知らずに)ガッツポーズをしたことが最初でしょうか(苦笑)。あるいは羽根モノのマイジュークボックスが先だったかもしれません。
以後羽根モノはファインプレーまではクルクルボール、ハッピーバード、お笑い道場を少し打ったくらいでした。

なんといってもマルホンはスリープのリーチアクション。またパールセブンも打ちましたが同時期のレインボーが最強(確か平成元年くらい)。こればかり打ってました。で、続いてはドットのロックンビート。確率低かったのによく当たってました。

最近は羽根デジのうる星やつらを打つくらいでした。

でも私の中ではマルホンはメジャーメーカーの一つですから、そこがやられると怖いですね。
昭和は遠くなりにけり、ですねえ。

ホールもわけのわからんMAX機2シマ入れるくらいなら(どうせすぐ少なくなるんだし)、マルホンの台を半シマでも入れてあげれば、と。

なんにしても無念ですねえ…

投稿: ほりまさ | 2015年3月17日 (火) 00時08分

しらとり。さん、本当に残念です。

メーカーさんの業績には格差が広がっており、ヒット機種が出せるかどうかで明暗がくっきりしていますね。

負の連鎖…起きないことを祈っておりますが心配です。

投稿: 主任研究員 | 2015年3月17日 (火) 03時32分

D-51好きさん、大変残念な事態です。

「パラレル」は流行りましたよね。

そういう他社が出さない機種を作り、決して他社が作ったトレンドには流されない…そんな「マルホンイズム」が大好きでした。

投稿: 主任研究員 | 2015年3月17日 (火) 03時36分

panpin さん、残念ですね。

昨今の風潮はマルホンさんには逆風ばかりでしたので心配ではあったのですが、大変ショックを受けております。

パチンコ史に残る名機をいっぱいリリースしてきたメーカーさんですので、頑張ってほしかったのですが…。

投稿: 主任研究員 | 2015年3月17日 (火) 03時42分

レッドタイガーさん、ドットで気を吐きながら独り荒野を駆け抜ける…そんなマルホンさんが大好きでした。

「サンダースケルトン」なんて迷機?もありましたけど、他社がやらないことを暴走族の特攻隊長顔負けの度胸で実行するマルホンさんは本当にカッコよかったです。

復活してほしいですね。

投稿: 主任研究員 | 2015年3月17日 (火) 03時48分

ほりまささん、大変残念な事態です。

ウチにも多くのマルホン号が在庫あるのですが、そのどれもが個性にあふれていて大好きです。

「一発台のマルホン」の異名もありますが、個性的なスペックのセブン機や、楽しく遊べる羽根物も多く発表しています。

ゆえにファン層も意外と多彩なメーカーさんでした。

「マイ・ジュークBOX PARTⅠ」は、展示中です。

投稿: 主任研究員 | 2015年3月17日 (火) 03時58分

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